道元禅師の禅戒について

師家会副会長・智源寺専門僧堂 堂長
高橋信善

※漢文部分にて本来の記法と異なる部分がありますがご了承ください。

第5章

孫陀利難陀が国王の地位や頭髪に未練があると言い、妻孫陀利との楽しい生活が捨て難いと言い、又、戒を守ることによって天上界に生まれる、言わば欲望達成の為に戒を守ると言い、ここには私達が世間の価値観を捨てて、出家に徹することの難しさが説かれていると思うのです。

しかし又、天上に生じ、天女との楽しい生活が出来たとしても、自ら驕れば、又、お釈迦様が説かれたように、果報福分が尽きれば地獄に真逆さまに落ちてしまいます。六道から抜け出すには本当の道は佛道しかなく、「解脱の為の故に持戒す」ることが、持戒の目的であり、仏道であるとのお示しです。私たち凡夫もすっかり佛様に入れ代わってしまえば、佛光明になってしまうと言うお示しかと思います。

高祖様の著述を拝覧しますと、「正法眼蔵」「永平広録」は法・阿耨多羅三藐三菩提(無上正等正覚)を主として説き、これに到る心の功夫は「賓慶記」「学道用心集」「正法眼蔵随聞記」で説き、戒光の具体的な例として「正法眼蔵洗面」の巻、「正法眼蔵洗浄」の巻、「永平清規」(典座教訓、弁道法、赴粥飯法、衆寮清規、對大己法、知事清規) 「正法眼蔵一不庫院文」等があると思います。

高祖様が戒光の現れとして書かれている一例を挙げれば、「赴粥飯法」に、

経(維摩経)に日く、若し能く食に於いて等なれば、法にいても亦た等なり。法にいて等なれば食に於いても亦た等なり。まさに法をして食と等なら令教め、食をして法と等なら教む。この故に法し法性なれば食も亦た法性なり、法若し真如なれば食も亦た真如なり、法若し一心なれば食も亦た一心なり。法若し菩提なれば食も亦た菩提なり。云々。

こうなれば食事も、食べる人も食物もお給仕する人も全て佛光明の郷き、戒光であります。もう一例を挙げれば「大己五夏の闍梨に對するの法」の最後に、

右、大己五夏十夏に對するの法、是れ則ち諸佛諸祖の身心なり。學ばずんばある可からず、若し學ばざれば祖師の道廢し甘露の法滅せん。法界虚空希有にして遇い難き宿殖善根の人乃ち聞くことを得、實に是れ大乗の極致なり。云云。

「對大己法」は叢林の礼儀作法として説かれてあるものと、長く勘違いをしていました。しかし高祖様の真意は、互いに佛祖としての礼を尽くす、お互いの戒光・佛光の現れでありました。ですから、「實に是れ大乗の極致なり」のお言葉が響きます。

また「正法眼蔵示庫院文」には、

・・・いま遠方の深山なりとも、寺院の香積局、その禮儀言語、したしく正傳すべきなり、これ天上人間の佛法を習學するなり。いはゆる粥をば、御粥とまをすべし、朝粥とも、まをすべし、粥とまをすべからず。齋をば、御齋とまをすべし、齋時ともまをすべし、齋とまをすべからず、よねしろめ、まゐらせよと、まをすべし、よねつけと、いふべからず。よねあらひ、まゐらするをば、淨米し、まゐらせよと、まをすべし、よねかせと、まをすべからず・・・(料理)經營のあひだ、身のかゆき、ところ、かきては、かならず、その手をあらふべし。齋粥ととのへまゐらするところにては、佛經の文、および祖師の語を諷誦すべし、世間の語、雑穢の話、いふべからず。おほよそ、米莱鹽醤等の、いろいろのもの、ましますと、まをすべし、米あり菜ありと、まをすべからず。齋粥のあらんところをすぎんには、僧行者は問訊したてまつるべし、零菜零米等ありとも、齋粥ののち使用すべし、・・・齋粥ととのへまゐらする調度、ねんごろに護借すべし、・・・在家よりきたれらん菜果等、いまだきよめずは、洒水して行香し行火してのちに、三賓衆僧にたてまつるべし。・・・これおほかるなかに、すこしばかりなり、この大旨をえて、庫院香積、これを行すべし、萬事非儀なることなかれ。

右條條、佛祖之命脈、衲僧之眼睛也、外道未レ知、天魔不レ堪、唯有テニ佛子ノミ一、乃チ能ク傳フレ之ヲ、庫院之知事、明察シテ莫レレ失スルコト焉。
開闢沙門 道元示

先程見てきたように、「對大己法」は叢林の行儀見習いかと思っていましたら、佛光明、戒光を放つ一つ一つでありました。そして「正法眼蔵示庫院文」は庫院における食物とその扱い方・作法が佛行佛光の現れでなければならないとのお示しでした。

「右條條、佛祖之命脈、衲僧之眼睛也、外道未レ知、天魔不レ堪、唯有テ二佛子ノミ一、乃チ能ク傳フレ之ヲ、庫院之知事、明察シテ莫レレ失スルコト焉」のお言葉が重く感じます。これらのことを高祖様は「証上の修」、「修証一如」、「修証一等」とも言われているのであります。

どうも私達は高祖様に係かりますと、佛の家に引き入れられ佛のかたより行われて、身、口、意の三業が佛戒・佛光に置き換えられる以外にはないような気持ちになります。

 

出典 曹洞宗師家会「正法」第7号 (平成31年)